背景:食品ロスに関する社会課題
食品ロス削減に向けた企業や自治体の動きが活発化しています。それは、国連が2030年までに食品ロスを50%削減するという共通の目標(SDGs12.3)を掲げ、その取り組みを重視しているためです。さらに、コロナ禍に加えて、ロシア・ウクライナ情勢により、世界的な食料危機の可能性が高まっており、食品ロス削減への関心を一段と高めています。2022年2月から3月にかけて、食料価格は1カ月で6%上昇し、私たちは世界中で生活費の危機に直面しています。
食品ロスの削減は、脱炭素社会の実現に向けてもとても重要な課題です。食料システムは、世界の温室効果ガス排出量の3分の1を占めます。食品の生産や製造過程、輸送、廃棄の全ての段階で温室効果ガスが発生します。例えば、廃棄において、水分の多い生ゴミは、焼却にそれだけ大きな熱量が必要なために二酸化炭素を発生させてしまい、食料廃棄だけで約10%を占めると言われています。
国連食糧農業機関(FAO)によると、毎年およそ3分の1にあたる13億トンの食料が消費用に栽培されながら、失われたり、無駄になったりするとのこと。米国のような先進国では年間6,800億ドル、適切な冷却システムなどインフラのない国では年間3,100億ドルもの損失が発生しているそうです。そして、年間数十億トンの食品ロスのうち、最も大きな割合を占めるのは、果物や野菜、根菜類といった重要で栄養価が高いものの、腐りやすい食品で、それぞれ年間約45%もが廃棄されています。
では、乳化剤製造関連技術を用い、食料廃棄問題へのソリューションとなる事業展開とはどういうことか、順を追って説明します。
乳化剤製造関連の特許を検索
乳化剤製造関連の特許のうち、花王が出願している特開2013-139433「脂肪酸モノグリセライド含有混合物の製造方法」に着目します。出願内容は「化粧品や工業用の乳化剤などとして利用する肪酸モノグリセライドを目的とした反応で、プロセス終了段階において、目的物の含量を高めた混合物を製造でき、その後の精製負荷を低減し、かつ時間当たりの目的物生産量を増加できる方法を提供」するものです。
この特開2013-139433が牽制(注)した特許出願文献から、新規用途を探索していきます。ある特許公報が牽制した特許出願文献をリストとして確認するのは難しいですが、アスタミューゼは独自の牽制データベースを保有しているため、同特許が牽制した特許出願文献を見出すことが可能です。
(注)特許出願された技術が、先行技術の特許出願により権利化を阻害された特許
結果、特開2013-139433が牽制した特許出願文献の一つとして、Apeel Sciencesが出願している特表2018-529627「植物抽出物組成物およびその調製方法」を見出すことができました。出願内容は「農産物の劣化を防ぎ、品質を維持し、寿命を延ばすための農業用コーティング配合物に使用することができる植物抽出物組成物を調製する方法を提供」するものになります。
この牽制関係を得ることで、花王が有する「乳化剤製造」技術を活用し、「食品ロスの低減にも繋がる鮮度保持コーティングを施した、独自ブランド農作物」への用途展開を検討できるのではないかという着想が得られました。
野菜や果物を第二の皮で包み、食品ロスストップ!
今回、イノベーションサーチより抽出されたApeel Sciences(以下、Apeel)は、カリフォルニア州サンタバーバラに拠点を置くスタートアップ企業です。同社はビル&メリンダ・ゲイツ財団による助成金を元手に2012年に創業した小さなスタートアップから、10億ドル以上の価値を持ち、オプラ・ウィンフリーやケイティ・ペリーなどの著名人や、シンガポールの政府系ファンドなどの多国籍大投資家を惹きつける企業に成長しています。
Apeelが開発する植物性のソリューションを用いれば、腐敗してしまう野菜や果実の賞味期限を最長3倍まで延長できます。そもそも、果物や野菜が時間とともに劣化する理由は、空気と触れ続けることで有機成分が酸化したり、水分が蒸発して鮮度が落ちたり、微生物増殖により腐敗したりしてしまうためです。そこで、同社が保有するコーティング剤で青果物の表面を覆うことで、食品と空気との間に物理的なバリアをつくり、劣化のプロセスを鈍化させることができます。
“コーティング剤”と聞くと人工的な印象で、口に入れることを不安に思うかもしれませんが、「食品で食品を保存する」というモットーが掲げられており、その原材料は、主にトマトの皮や種といった植物ベースの脂質です。カーネギーメロン大学で、様々な材料の特性を原子、分子構造から分析するマテリアル科学に取り組んでいた研究者が開発したもので、透明で臭いも味もせず、完全にナチュラルとのこと。アメリカ食品医薬品局による「食べても安全」というお墨付きです。
Apeelは、2019年以降、小売店での4,200万個以上もの青果物の廃棄防止に繋がったと発表しました。例えば、アボカドだと食品廃棄を最大で50%削減し、それに伴って小売店での売上が向上したとの成果も報告しています。また、この4,200万個の青果物の廃棄を防ぐことにより、約47億リットルの水を節約することにもなるそうで、水とエネルギー問題への貢献にも繋がります。
Credit: Apeel Sciences
出典:https://www.apeel.com/
今回、イノベーションマトリックスで分析した結果から、日用品や化粧品業界の企業が、Apeelが開発するような青果物コーティングを量産し、提供する事業展開が見出されました。さらに、その発展として、農家との提携や自社内で農業分野を強化し、独自のコーティングを施した野菜や果物をブランド化して販売するシナリオが描けます。そうしますと、デパートなど食品フロアの新たなフィールドにブランド商品が立ち並び、「食品ロスを削減する救世主」として、社会課題対応の枠を拡げたブランド戦略に繋げることができます。
<著者:アスタミューゼ 中前佳那子 博士(理学)>
さらにくわしい分析は……
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