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ウクライナ侵攻で取引停止 化粧品会社3代目がそれでも海外進出を続ける理由 | ツギノジダイ - ツギノジダイ

 香椎化学工業株式会社は1951年、卓哉さんの祖父・守男さんが創業しました。原点には、「肌荒れに悩む妻を助けたい」という守男さんの思いがあります。

 1964年、業界に先駆けて、保湿成分のプラセンタエキスを配合した化粧品を発売。主力ブランドの「カシー化粧品」は、「プラスキンシリーズ」「HOシリーズ」など、肌質や肌の悩みに合わせた化粧品をシリーズで展開しています。

 2021年度の売り上げは約21億円、従業員数は約160人です。

カシー化粧品の定番商品「カシー ボザール マニュアン」(香椎化学工業提供)

 卓哉さんは「カシー化粧品が常に身近にあった」と子ども時代を振り返ります。自分自身、乾燥肌で、小学生のころからカシー化粧品を使っていました。

 「『肌がきれいだね』と同級生から褒められると、うれしい気持ちになりました。化粧品がもたらす幸福感を、なんとなく実感していたのかもしれません」

 一方、家業を継ぐ覚悟は芽生えませんでした。夜遅くまで働く父や寡黙な祖父から、家業の話を聞くことも、「継いでほしい」と頼まれることもなかったのです。

 大学卒業後、外資系製薬会社に営業職として入社しました。

 「当時は反抗心があり、将来について父に相談することもなく進路を決めました。とはいえ、頭の片隅には化粧品の存在が常にありましたね」

 入社後は、自社の医薬品情報を医療関係者に提供する「医薬情報担当者(MR)」として働きました。

 就職して4年後のある日、突然、父から連絡がありました。

 「そろそろ家業に入らないか」

香椎化学工業の工場・カシーテクニカルセンターの外観

 MRの仕事にやりがいを感じ、ステップアップしたいと考えていた矢先でしたが、卓哉さんは受け入れました。

 「自ら遠ざかったものの、心のどこかで家業のことが気にかかっていて。『いつか継ぐんだろうな』という意識がぼんやりとあったのです。父から連絡を受けた瞬間、ぼやけていた視界がパッとクリアになった気がしました」

 とはいえ、築いてきたキャリアを捨てることや、人生が一変することへの不安もありました。幼いころから身近だったカシー化粧品の仕事をすることへの期待、後継者として家業に入ることへの不安。卓哉さんは2つの感情を抱えながら、2014年3月、香椎化学工業に入社します。まずは研究開発の部署で、化粧品の試作や処方調整を担当しました。

卓哉さんは入社後、研究開発を担う部署に配属された

 家業に入って2年が経つころ「カシー化粧品をより多くの人に届けたい」という思いを抱き始めます。研究開発に立ち会ったり、美容部員から「愛用してきたカシー化粧品の良さをお客さまに伝えたくて入社した」という言葉を聞いたりするうちに、思いが強まりました。

 「カシー化粧品の販売手法は、美容部員がカウンセリングを行い、お客さまの肌に合う商品を提案する形でした。ところが対面販売では、来店するお客さまの悩みしか解決できません。こんなにいい化粧品なのだから、もっと多くの人の悩みを解決できるのではと、もどかしくなって」

 同時に、国内市場の縮小を見越し、会社の経営が安定しているうちに海外販路を開拓すべきだと考えました。

 しかし「通販や、海外販路の開拓をしたい」と父の浩之社長に提案したところ、反対されました。カウンセリングに基づく販売から逸脱することに、父は難色を示したのです。

取締役の原田卓哉さん(左)と父の原田浩之社長

 卓哉さんは、父と顔を合わせるたびに説得を試みましたが、なかなか認めてもらえません。「退職してブランドを立ち上げ、香椎化学工業にOEM製造を依頼する。カシー化粧品には迷惑をかけない」と覚悟を示したところ、ようやく許可を得られました。

 香椎化学工業にとどまった上で新ブランドを立ち上げ、海外販路を開拓することになりました。

 従業員の理解も不可欠と考えた卓哉さんは、従業員が集まる方針発表会などで「なぜ通販や海外展開に挑戦したいか」を説明するよう心がけました。

 卓哉さんは、肌の表面は油っぽいのに内側が乾燥するインナードライや、皮膚常在菌のバランスに着目した新ブランドを企画しました。研究者とともに改良を重ね、完成したのが「LIOVERITE(リオヴェリテ)」でした。

 「リオヴェリテは、素肌を育むことをコンセプトにしています。基礎的な化粧品だからこそ、対面でカウンセリングできない方にも使っていただきやすいと考えました」

 香りにもこだわりました。調香師に依頼し、植物精油を調合した香りをつけました。

カシーテクニカルセンターの中の様子。リオヴェリテの開発もここで行った

 「スキンケアは、自分と向き合うきっかけを作ってくれるもの。ところが実際は『スキンケア=義務』と捉えられがちで、もったいないと思っていました。リオヴェリテの香りでリラックスし、自分を取り戻す時間を持ってほしいと願ったのです」

 2017年2月、公式サイトなどを通して、国内での通販を始めました。

2017年に展開したリオヴェリテの化粧水など(香椎化学工業提供)

 リオヴェリテの企画開発と同時に、海外販路の開拓も進めました。

 最初の進出先として選んだのは中国でした。訪日中国人によるインバウンド消費が盛んだった2016年当時、中国企業と提携する日本企業が増え、中国進出に向けた商談会やセミナーがよく開かれていました。中国では、他国の製品を販売する「越境EC市場」が拡大中でした。

 リスクを抑えたかった卓哉さんは、日本に営業拠点をもつ越境EC企業との契約を目指し、商談会やセミナーに片っ端から足を運びます。ところが、ほぼ門前い払いの状態。カシー化粧品には関心を持ってもらえましたが、販売実績のない新ブランドは相手にされませんでした。「まずは実績を作らければ」と痛感します。

 そこで始めたのが「百貨店めぐり」です。従業員の協力を得て、2ヶ月にわたって近鉄百貨店や京阪百貨店にポップアップストアを出店しました。リオヴェリテの販売風景を撮影した写真を持って商談に臨むと、ようやく話を聞いてもらえました。

卓哉さんは複数の百貨店にポップアップストアを出店した(同社提供)

 商談会でリオヴェリテに込めた思いを熱心に語ると、担当者と意気投合したり、商品コンセプトに共感してくれる人に出会えたりすることが増えました。

 「利益にこだわるより、『いい商品を海外に展開したい』という使命感がある会社と一緒に頑張りたいと考えました。日本に営業拠点を持つ企業にアプローチ先を絞り、日本語でコミュニーションをとることで、リオヴェリテについて思う存分アピールできました」

 手探りの行動は実を結び、中国でEC事業を営む企業との契約が決まります。リオヴェリテを中国に輸出し、現地の代理店が運営するECサイトやアプリで販売することになりました。

 契約手続きを進めながら、卓哉さんは上海や杭州などの代理店に出向きました。商品を保管する倉庫を確認し、現地の担当者にリオヴェリテについて直接説明したといいます。

 2017年、中国でリオヴェリテの販売が始まります。しかし「リオヴェリテの魅力を伝えるのに苦労した」と卓哉さんは振り返ります。

 「リオヴェリテでのこだわりの一つである『精油の香り』は、中国では注目されませんでした。いいものを作ったからといって、必ずしも受け入れられるわけではないと痛感しました」

 そこで現地のニーズに合わせたプロモーションを模索し始めます。複数の代理店と議論を重ねた結果、中国では同じブランドの同じシリーズを「ライン使い」するのではなく、様々なブランドの商品を組み合わせて使う人が多いと知りました。そこで、化粧水や美容液などのアイテムごとに、効果や成分をアピールしたのです。

 その結果、2018年からの1年で、中国での売上は1.5倍に伸びました。中国でリオヴェリテを展開する傍ら、2018年にロシア、2020年にシンガポール、2021年に台湾へと販路を拡大していきます。

 2021年4月、ウクライナのビジネスマン、パルホメンコ・ボグダンさんから問い合わせがありました。

 ボグダンさんは当時、日本企業の美容機器を販売する代理店をウクライナで運営していました。知り合いの日本人に「基礎化粧品も取り扱いたい。信頼できるブランドを教えてほしい」と尋ね、リオヴェリテにたどり着いたのです。

ボグダンさん(左)からの問い合わせを機に、ウクライナに販路が広がった(香椎化学工業提供)

 オンラインミーティングでリオヴェリテを紹介したところ、ボグダンさんはリオヴェリテの効能や作用に興味を持ち、卓哉さんに次々と質問を浴びせました。

 「本当に化粧品が好きだということが伝わりました。パートナーとして信頼できると感じましたね」

 ボグダンさんは「キーウの人々も瞑想(めいそう)したり、スキンケアでリラックスしたりしている」と語り、リオヴェリテのコンセプトに共感しました。2人は意気投合し、話はトントン拍子に進みます。

キーウの店舗の様子(香椎化学工業提供)

 2021年6月、キーウの店舗やオンラインショップでリオヴェリテの販売を開始。現地の人からは「いろんな化粧品を使ってきたが、リオヴェリテはとても肌に合う」「肌のトラブルが落ち着いた」などの声が寄せられたといいます。

 ボグダンさんから「リオヴェリテに加えてカシー化粧品も取り扱いたい」と打診があり、準備を進めていた矢先の2022年2月24日。ロシアがウクライナに侵攻しました。

 ウクライナ侵攻によって、ウクライナのみならず、ロシアとの取引も事実上の停止に追い込まれました。

 卓哉さんのもとに、ボグダンさんから動画が届きました。戦時下のキーウでリオヴェリテを使う様子を伝えるものでした。

 「こんな状況でもリオヴェリテの香りに癒されています」

 ボグダンさんの言葉に「リオヴェリテに込めた『自分を取り戻してほしい』という願いは、まさにこういうことなのでは」とハッとさせられたといいます。

 卓哉さんは「いつの日かまた、リオヴェリテやカシー化粧品をウクライナの人々に届けたい」と語ります。

 「リオヴェリテやカシー化粧品を提供して、ウクライナの人々の健康や心をサポートしたい。自分を取り戻すきっかけをつかんでいただきたいです。将来の復興を考えると、モノ・お金・人が動くビジネスが欠かせません。一企業として、復興の手がかりとなるビジネスの再開を支援したいです」

 卓哉さんは「海外進出にリスクはつきもの」とした上で、今後も挑戦を続けるつもりです。

 「契約や支払いなどのトラブルは避けられても、ウクライナ侵攻のような事態は避けられません。むしろ、リスクを恐れて挑戦しないこと自体がリスクではないでしょうか。会社に余力があるうちに可能性を広げるべきだと思います」

新ブランドとして展開したリオヴェリテシリーズ(香椎化学工業提供)

 別のチャレンジも始めました。きっかけは2020年、新型コロナウイルスの感染拡大でした。中国の販売代理店では、プロモーションの重点が化粧品から衛生用品や日用品に移りました。また、代理店業務を独占する「総代理店」として取引する商品が優先されたため、リスク分散のため複数の代理店と契約していたリオヴェリテは不利になったのです。中国でのリオヴェリテの売り上げは大幅に落ち込みました。

 「代理店との関係性を強固にする必要がある」と痛感した卓哉さんは、これまでの代理店契約を終了し、新たに1社とだけ契約を締結。総代理店としてリオヴェリテを販売する権限を委ね、信頼関係を築くことにしました。

 卓哉さんは海外販路の開拓に挑む後継者に「わからないことが多くても、まずは飛び込んでみることが大切」と助言します。

 「一度飛び込めば、『実績がない』『まずはポップアップストアを出店しよう』などと、課題とやるべきことがわかります。課題を解決するうちに、少しずつ前に進めるはずです」

 商品に対する思い入れも大切だといいます。「強い思いは、文化や言葉が違えど相手に伝わります」

 3代目は、家業が生み出す化粧品への誇りを胸に、海外への販路拡大に挑戦し続けます。

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